コータイ2005年05月14日 12:46

——見えるんですよ、崖の下から這い上がってくるのが……
——こっちをじっと見てるんです。その木の下から……
——逆さにぶら下がってたんです。部屋の扉んとこに……
——目を開けると顔の真ん前で肯いてるんですよ、女が……

 時刻は午前二時を過ぎていた。ファミリーレストランは昼間のように賑わっている。クーラーが利きすぎているのか、やけに肌寒い。
 目の前で話している男は、バイト先の同僚だ。午前零時に仕事が終わり、なんとなく、ちょっとお茶でも、ということになった。
——あー、やだな。あそこの暗いところに一人立ってますよ……
 ファミリーレストランに入ろうとしたとき、彼はだれにともなくそうつぶやいた。そこから彼の体験談がはじまった。
 彼はいわゆる「霊感」の強い人間である。次から次へと語られる実話は、どれもが不条理で唐突な霊の出没に彩られ、それが却ってリアルなイメージとなって伝わってくる。はじめはおもしろがって聞いていたが、だんだんと僕は、鳥肌が体の芯まで染みこんでいくような怖気を抑えられなくなっていた。
「でもそういうのって幻覚なんじゃない?」
 心にもない。僕はちょっと怖かったのだ。
 彼は、ですよねー、と笑いながら、ちらりと辺りをうかがい、小声でこう言った。
——見ます?
 彼はテーブル越しに身を乗り出し、右の手のひらを上に向けて僕の前に差し出した。
——あまりやっちゃいけないんですけど、
 よく見ててくださいね、と、次の瞬間……
 彼の手のひらから、糸こんにゃくのような白い光が何本も立ち昇りはじめた。それはイソギンチャクのようにゆらゆらと揺れている。
——神様がね、これは「善い力」だって言うんですよ。お化けが見えるようになることのどこが善い力なんでしょうねぇ?
 そんな言葉をぼんやりと聞きながら、僕の目は糸こんにゃくに釘付けになっていた。目の当たりにした心霊現象は、恐怖よりも崇高な、神聖な畏怖に満ちていた。そして、僕がなにかを言おうと口を開きかけたとき……
——タッチ、コータイ!
 彼の手が僕の左肩を叩いた。
 思わず叫ぶ。店内の人たちが振り向く。
——スミマセン、冗談ですよ冗談。
 その場はそれでお開きになった。僕たちはなにもなかったかのように家に帰った。
 そして後日。
「なにが冗談なものか……」
 霊感は、うつる。それは本当だった。あれ以来、僕も得体の知れない影が見えるようになってしまった。街で、家で、昼間の踏切で。
 この「善い力」は、いったい僕になにを与えてくれるのだろうか?……

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://tsubasa.asablo.jp/blog/2005/05/14/3959/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。