安部公房語録(NHKアーカイブス「あの人に会いたい」) ― 2006年05月07日 20:13
●安部公房語録
※NHK映像ファイル #088
「ぼくにとっての関心というのは、今を見る、ということ。
しかし、それはぼくにとっての“メビウスの輪”ですよ。
それを“箱”とか“壁”とか“砂”というものに投影する、
——いい“投影体”を探すことですよね」
「ぼくは実は“テーマ”を考えながら書くんじゃないんですよ。
みんなそう思うらしくてね、テーマはテーマは、と言うんだけれども、
テーマというのは後でね、作中人物とぼくがね、共同で考え出すんだよ、
テーマって。だから作中人物がテーマを思いつくまでね、
ぼくは待たなきゃいけないわけね」
「視点を変えるとね、わかりきったものが迷路に変わるだけですよ。
例えばぼく昔なんかに書いたことあるんだけどね、“犬”ね、
犬ってのはほら、目線が低いでしょ。においが利くでしょ。
だから、においでもって、においの濃淡で記憶やなにか
全部形成しているわけでしょ。だから犬の感覚で地図を仮につくったら、
これはすごく変な地図になるでしょ。
体験レベルでもってちょっと視点を変えればね、
我々がどこに置かれているかという認識がぱっと変わっちゃいますよね。
その認識を変えることでね、もっと深く状況をさ、見る、ということ。
だからぼくはね、結局文学作品というのは、ひとつの“もの”、
“生きているもの”というか、極端に言えば“世界”ですね。
小さいなりに生きている世界というものをつくって、それを提供すると、
そういう作業だと思ってますけどね。
だから、お説教やさ、論ずるってことはね、小説においてあんまり
必要ないと思いますね。いわゆる人生の教訓を書くなんてことはね、
論文やエッセイに任せればいいことで。
小説っていうのは、それ以前の、意味にまだ到達しない、
ある実態を提供すると、で、そこで読者はそれを体験すると、
いうもんじゃないかと思うんだな」
「迷路でいいんです。迷路というふうに自分が体験すれば迷路なんです。
それでいいんです。
終局的に意味に到達するっていうのは間違いですね。これは日本の、
やっぱり国語教育の欠陥だと思う。
ぼくのものもなぜか教科書に出てるんですよ。こう見ていったら、
『大意を述べよ』と書いてある。あれ、ぼくだって答えられませんね。
そんな一言でね大意が述べられるくらいなら書かないですよ。
あの、それこそ最初からぼくは大意を書いちゃいます。
『人生というものは、赤い色をしていて、中にちょっと緑が入っている』。
例えばそれが大意だとしますね、ならそういうふうに書いちゃいますよ、
最初から。
よくね、まああるよ、ほら、あの温泉なんかの地図、案内図っていうのさ、
こう山書いてさ、道路書いてさ、こうロバがいて、花が咲いて……あるじゃない、
ああいうもんだよね。もともとの小説がそういうもんならね、そりゃいいでしょ、
あの、解説で。だけどね、あの、実際の例えば地図というものはね、
そんな簡単にちょっと見てもわかりませんけどね、見れば見るほど際限なく
読み尽くせるでしょ。いちばんいいのは、航空写真とかそういうものでしょうね。
無限の情報が含まれている。
その無限の情報が含まれていないと、ぼくは作品と言えないと思いますよ。
無限の情報ですよ、人間なんて。考えてみたら。
そういうふうに人間を見るということね。見なきゃいけないし、見えるんだよ、
ということを、作者は書かなきゃいけない。読者に伝えなきゃいけない」
「ぼくらは子どもの時からね、五族協和という教育を受けているんですよ。
満州では。で、その五族っていうのはよくわかりませんが、日本人、朝鮮人、
中国人、ロシア人、蒙古人でしょうかね、そういうのが平等であるっていうことを
建前として教えられるわけですよ。子どもだから信じるわけ。
で、クラスの中にやっぱりその、異民族もいましたしね。
ところが、汽車なんか乗るでしょ、そうするとね、あの、日本人の大人がね、
中国人が座っていると、そこを蹴っ飛ばして席どかして座るでしょ。
そういうのを見てやっぱり頭きてたよね、五族協和に反すると思ってさ。
だから結局ね、子どもの時に、えらく素直に五族協和ってのを信じたっていう
ことがね、いろんな疑惑を逆に生むという結果にはなったと思いますよ。
それからやっぱり、なんでこんなに生活の差があるのか。あるべき姿でないと、
これは。
ぼくも家って言ったらどっかっていえば、満州だったんですよ。自分の家は。
それがなくなるわけでしょ。だから敗戦ていうのは観念じゃなくて、
そんな愛国心が裏切られたとかじゃなくて、事実もう、場所を全部失ったという
ことは、ね、頭じゃなくて体で感じちゃっていた、と思いますね。
でもそれが、そんなにつらくなかったね。人間てしょせん、いつでも何かを
失っていくほうが幸せだと思ってた。満州で育ったっていうことはね、
非常に都市的な生活をしてきた、ということなんです。もう子どもの時から。
そして周囲に農村がないってことですよ。農村は全部中国人ですから。
だからね、満州で育った人間の一つの特徴っていうのは、非常に都市的な人間に
生まれたときからつくられてしまった、ということがあるんじゃない。
だから農村と都市の問題については、非常に敏感にぼくの問題になった、
ってことは言えるでしょう。
(その後も)そうですね、いろんな発想の一つのバネにはなったと思うね。
他者、っていうのは何か、ということですね。そして他者との通路を回復しない
限り、やっぱり人間の関係ってものは本当のものはできないんだと。
ということで、だからぼくの小説のある意味で一貫したテーマは、やっぱり
人間の関係とは何か、他者とは何か、っていう。で、他者との通路の回復は
ありうるのか、という、こういうところが、まあ一貫したテーマの一つには
なっていると思うね」
——作品は無限の情報——
作家 安部公房 1924-1993
※NHK映像ファイル #088
「ぼくにとっての関心というのは、今を見る、ということ。
しかし、それはぼくにとっての“メビウスの輪”ですよ。
それを“箱”とか“壁”とか“砂”というものに投影する、
——いい“投影体”を探すことですよね」
「ぼくは実は“テーマ”を考えながら書くんじゃないんですよ。
みんなそう思うらしくてね、テーマはテーマは、と言うんだけれども、
テーマというのは後でね、作中人物とぼくがね、共同で考え出すんだよ、
テーマって。だから作中人物がテーマを思いつくまでね、
ぼくは待たなきゃいけないわけね」
「視点を変えるとね、わかりきったものが迷路に変わるだけですよ。
例えばぼく昔なんかに書いたことあるんだけどね、“犬”ね、
犬ってのはほら、目線が低いでしょ。においが利くでしょ。
だから、においでもって、においの濃淡で記憶やなにか
全部形成しているわけでしょ。だから犬の感覚で地図を仮につくったら、
これはすごく変な地図になるでしょ。
体験レベルでもってちょっと視点を変えればね、
我々がどこに置かれているかという認識がぱっと変わっちゃいますよね。
その認識を変えることでね、もっと深く状況をさ、見る、ということ。
だからぼくはね、結局文学作品というのは、ひとつの“もの”、
“生きているもの”というか、極端に言えば“世界”ですね。
小さいなりに生きている世界というものをつくって、それを提供すると、
そういう作業だと思ってますけどね。
だから、お説教やさ、論ずるってことはね、小説においてあんまり
必要ないと思いますね。いわゆる人生の教訓を書くなんてことはね、
論文やエッセイに任せればいいことで。
小説っていうのは、それ以前の、意味にまだ到達しない、
ある実態を提供すると、で、そこで読者はそれを体験すると、
いうもんじゃないかと思うんだな」
「迷路でいいんです。迷路というふうに自分が体験すれば迷路なんです。
それでいいんです。
終局的に意味に到達するっていうのは間違いですね。これは日本の、
やっぱり国語教育の欠陥だと思う。
ぼくのものもなぜか教科書に出てるんですよ。こう見ていったら、
『大意を述べよ』と書いてある。あれ、ぼくだって答えられませんね。
そんな一言でね大意が述べられるくらいなら書かないですよ。
あの、それこそ最初からぼくは大意を書いちゃいます。
『人生というものは、赤い色をしていて、中にちょっと緑が入っている』。
例えばそれが大意だとしますね、ならそういうふうに書いちゃいますよ、
最初から。
よくね、まああるよ、ほら、あの温泉なんかの地図、案内図っていうのさ、
こう山書いてさ、道路書いてさ、こうロバがいて、花が咲いて……あるじゃない、
ああいうもんだよね。もともとの小説がそういうもんならね、そりゃいいでしょ、
あの、解説で。だけどね、あの、実際の例えば地図というものはね、
そんな簡単にちょっと見てもわかりませんけどね、見れば見るほど際限なく
読み尽くせるでしょ。いちばんいいのは、航空写真とかそういうものでしょうね。
無限の情報が含まれている。
その無限の情報が含まれていないと、ぼくは作品と言えないと思いますよ。
無限の情報ですよ、人間なんて。考えてみたら。
そういうふうに人間を見るということね。見なきゃいけないし、見えるんだよ、
ということを、作者は書かなきゃいけない。読者に伝えなきゃいけない」
「ぼくらは子どもの時からね、五族協和という教育を受けているんですよ。
満州では。で、その五族っていうのはよくわかりませんが、日本人、朝鮮人、
中国人、ロシア人、蒙古人でしょうかね、そういうのが平等であるっていうことを
建前として教えられるわけですよ。子どもだから信じるわけ。
で、クラスの中にやっぱりその、異民族もいましたしね。
ところが、汽車なんか乗るでしょ、そうするとね、あの、日本人の大人がね、
中国人が座っていると、そこを蹴っ飛ばして席どかして座るでしょ。
そういうのを見てやっぱり頭きてたよね、五族協和に反すると思ってさ。
だから結局ね、子どもの時に、えらく素直に五族協和ってのを信じたっていう
ことがね、いろんな疑惑を逆に生むという結果にはなったと思いますよ。
それからやっぱり、なんでこんなに生活の差があるのか。あるべき姿でないと、
これは。
ぼくも家って言ったらどっかっていえば、満州だったんですよ。自分の家は。
それがなくなるわけでしょ。だから敗戦ていうのは観念じゃなくて、
そんな愛国心が裏切られたとかじゃなくて、事実もう、場所を全部失ったという
ことは、ね、頭じゃなくて体で感じちゃっていた、と思いますね。
でもそれが、そんなにつらくなかったね。人間てしょせん、いつでも何かを
失っていくほうが幸せだと思ってた。満州で育ったっていうことはね、
非常に都市的な生活をしてきた、ということなんです。もう子どもの時から。
そして周囲に農村がないってことですよ。農村は全部中国人ですから。
だからね、満州で育った人間の一つの特徴っていうのは、非常に都市的な人間に
生まれたときからつくられてしまった、ということがあるんじゃない。
だから農村と都市の問題については、非常に敏感にぼくの問題になった、
ってことは言えるでしょう。
(その後も)そうですね、いろんな発想の一つのバネにはなったと思うね。
他者、っていうのは何か、ということですね。そして他者との通路を回復しない
限り、やっぱり人間の関係ってものは本当のものはできないんだと。
ということで、だからぼくの小説のある意味で一貫したテーマは、やっぱり
人間の関係とは何か、他者とは何か、っていう。で、他者との通路の回復は
ありうるのか、という、こういうところが、まあ一貫したテーマの一つには
なっていると思うね」
——作品は無限の情報——
作家 安部公房 1924-1993
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