竹山真人2005年09月11日 11:26

 竹山真人の隣になった。中学二年の三学期、最後の席替え。竹山真人か。そういえば一度もしゃべ
ったことないな。一年近くも同じ教室で過ごしているというのに。
 竹山真人は目立たない少年だった。背は中くらい、勉強も中くらい、フツーの髪型に、フツーの銀縁メガネ。こんな説明ではぼんやりとしか想像できないくらい、印象の薄い男の子だった。
 竹山真人には二人の友だちがいる。彼らはいわゆるアニメオタクである。休み時間になると教室の隅に集まり、ひそひそと楽しそうに話し込んでいる。その一角はサンクチュアリというか結界というか、だれも踏み込もうとしなかった。
 竹山真人とは隣の席になってからも、別段親しく言葉を交わすことはなかった。毎朝ぼそっと挨拶をするくらいだ。竹山真人は決してわたしの顔を見ない。わたしの机にちらりと目をやり、か細い声で、おはよ、と言う。
 竹山真人のことが気になりはじめたのは、席替えして二週間ほど経ってから。特別なきっかけがあったわけではない。ただその頃から、竹山真人の妙に伸びた背筋に目がとまるようになった。座っている姿勢が行儀よく、気持ちよかった。
 竹山真人をちらちらと観察するようになって、二つのことを発見した。一つは、考えごとをしているときに小さく空中になにかを書く癖。もう一つは、意外とおもしろい冗談を言うことだった。そう、わたしは竹山真人と少しずつ言葉を交わすようになっていた。
 竹山真人が好きだと言っていたアニメが深夜に再放送されていた。気がつくとわたしもそのアニメを観ていた。もちろんビデオに録画して。なぜか家族全員で観るようになり、兄がはまってしまった。
 竹山真人が好きだと自覚したのは、「竹山って純子のこと好きなんじゃない?」と友だちに言われたときだった。その瞬間、わたしは「ばれた」と思ったのだ。いったいなにがばれたのか? それはわたし自身の恋心だった。
 竹山真人と付き合うことはなかった。三学期はあまりにも短かすぎた。わたしたちは隣人以上の関係に進めないまま中学三年になり、別々のクラスに離れてしまった。
 竹山真人とのほのかな関係は、思いもよらぬ出来事で幕を閉じた。転校。死別。そんなことではない。その出来事とは「竹山真人が人気者になった」ことだ。休み時間に覗いた教室で、女子に囲まれてしゃべっている竹山真人を目撃した瞬間、わたしは恋の終わりを知った。
 失恋。その言葉は違うかもしれない。わたしだけの宝物を盗られたような。自分が特別な存在でなくなったような。突然目の前に鏡を差し出され、醜い自分を直視してしまったような。あ、いい言葉があった。それは失恋ではなく「失望」だったのだ。
 竹山真人は中学卒業後、フツーの県立高校に進学した。風の噂では三年のときに子どもができ、高校を中退して働きだしたという。その話を聞いたとき、わたしはなぜか深く落ち込んだのだった。


(第1回WEBダ・ヴィンチ読者参加企画「心にくいこむ短編小説」/ボツ)