寄り道コミュニケーション ― 2007年03月09日 23:43
私は彷徨った。蜘蛛の糸の砂漠を——。
詩人ランボオではないが、私はインターネットという電子網を彷徨することが多い。プランナーという仕事柄、インターネットで調べ物をすることが多く、何故か頻繁にその海(もしくは砂漠、あるいは森、ときに街)を漂泊してしまう。
「CGM 消費行動」というキーワードで企画書の参考資料を検索しているうちに、気がつくと「コピーライターになるにはどうすればいいですか?」という高校生の悩みに行き当たり、ご丁寧にアドバイスを書き込んだりしている。
「イベント シニア」というキーワードで検索すれば、「おばあちゃんの米寿の記念に何をプレゼントすれば喜ばれますか?」という質問に遭遇し、「滑りにくくて暖かいスリッパなんていかがでしょう?」などと一緒に考えてしまったりしている。
東ニオ困リノ人アレバ……これではランボオというより、宮沢賢治デアル。
決して世話焼きなのではない。単なる寄り道好きなのだ。
その寄り道で出会うのは、もちろん人である。喜び、悲しみ、怒り、悩み……現実社会の仮面を脱ぎ去り、本来の自分を探している彷徨者たち。ブログが普及して以来、このような想い人に出会うことが多くなった。情報という目的地への最短距離、その周辺には、生々しい人間の声が漂っている。
便利で簡単、快適で楽しいインターネット。表通りにはそんな広告看板が連なっている。が、路地裏へと寄り道してみれば、そこではリアルな人の暮らしが淡々と営まれている。寄り道の中にこそ、感動や夢との出会いが隠れているような気がする。
光ブロードバンドでコミュニケーションはますます促進されるだろう。映像、音声、画像、それらを活用した「顔」の見えるコミュニケーション。その広がりを想像しただけでわくわくしてくる。しかし、時にはその脇道で迷子になっている人たちの元へ寄り道してみよう。そこにいるのはもしかすると自分自身かもしれない。
(完)
(第4回 NTT西日本 コミュニケーション大賞/ボツ)
詩人ランボオではないが、私はインターネットという電子網を彷徨することが多い。プランナーという仕事柄、インターネットで調べ物をすることが多く、何故か頻繁にその海(もしくは砂漠、あるいは森、ときに街)を漂泊してしまう。
「CGM 消費行動」というキーワードで企画書の参考資料を検索しているうちに、気がつくと「コピーライターになるにはどうすればいいですか?」という高校生の悩みに行き当たり、ご丁寧にアドバイスを書き込んだりしている。
「イベント シニア」というキーワードで検索すれば、「おばあちゃんの米寿の記念に何をプレゼントすれば喜ばれますか?」という質問に遭遇し、「滑りにくくて暖かいスリッパなんていかがでしょう?」などと一緒に考えてしまったりしている。
東ニオ困リノ人アレバ……これではランボオというより、宮沢賢治デアル。
決して世話焼きなのではない。単なる寄り道好きなのだ。
その寄り道で出会うのは、もちろん人である。喜び、悲しみ、怒り、悩み……現実社会の仮面を脱ぎ去り、本来の自分を探している彷徨者たち。ブログが普及して以来、このような想い人に出会うことが多くなった。情報という目的地への最短距離、その周辺には、生々しい人間の声が漂っている。
便利で簡単、快適で楽しいインターネット。表通りにはそんな広告看板が連なっている。が、路地裏へと寄り道してみれば、そこではリアルな人の暮らしが淡々と営まれている。寄り道の中にこそ、感動や夢との出会いが隠れているような気がする。
光ブロードバンドでコミュニケーションはますます促進されるだろう。映像、音声、画像、それらを活用した「顔」の見えるコミュニケーション。その広がりを想像しただけでわくわくしてくる。しかし、時にはその脇道で迷子になっている人たちの元へ寄り道してみよう。そこにいるのはもしかすると自分自身かもしれない。
(完)
(第4回 NTT西日本 コミュニケーション大賞/ボツ)
はらから掲示板 ― 2007年03月09日 23:45
私に覗き見の趣味はない。少年時代からカンニングなど一度もしたことはないし、今も嫁さんの携帯電話をこっそり開いたりすることは決してない。
しかし、一つだけ、ついつい覗いてしまうものがある。覗き歴はかれこれ六年にもなろうか。そろそろ筋金が入ってきた。何を覗いているのか? それは、親父のためにつくった、インターネットの「OB用掲示板」である。
親父は十四歳で就職し、六十歳の定年退職まで一つの会社で勤め上げた。社歴四十六年。四十歳になっても転職を繰り返している息子(私だ)とは大違いである。一社一筋。そんな生き方も当然尊敬に値する。
それ故か、定年後しばらくすると、家でぼーっとテレビを観て過ごす時間が多くなった。いわゆるバーンアウト——燃え尽き症候群てやつだ。飼っていた犬が死んでからは、外に出る機会も減った。このままでは畳の上ではなくテレビの前で往生することにもなりかねない。親父が七十歳の声を聞く前に、私は半ば無理矢理パソコンを実家に持ち込み、同じく会社を定年退職した方々とコミュニケーションするための掲示板を立ち上げた。
同様の状況がどの家庭でも進行していたようだ。親父宛の年賀状にEメールアドレスの記されたものが数通あった。文面には小さくこう書かれている。「息子に勧められてパソコンとやらを始めました」。とりあえずその方たちにメールを送り……と本来ならそういきたいところだが、やはり昭和一桁生まれ。親父は電話を掛けて掲示板のURLを伝えていた。
そんなこんなで三、四人のインターネットコミュニケーションが始まった。お決まりの近況報告から各地の季節の頼り——この辺りは理解できるが、そのうち「ロト6,次の通り買いました。03,22,24,28,36,42デス」などという、ロト6購入報告会の様相を呈し始め、現在もまだ続いている。
気づけばそんな集まりも十数名を超え、半年に一度は「温故知新の会」と銘打たれた同窓会も開かれているようだ。さらには「紅葉バスツアー」や「大阪城(親父の)案内ツアー」「京都寺巡り」などが好き放題に企画され、リアルに顔を合わせる機会も増えている。
「デジカメ買うてんけど、これどうやって掲示板に載せるんや」
いまや七十五歳の親父にいきなりそんなハイテク機器を買わせてしまうほど、この掲示板はアクティブシニア育成に貢献しているようだ。ちなみに掲示板にはコメント機能も付けてあるのだが、それはまったく無視されている。掲示板に貼り込む写真も巨大な解像度のままで、表示されるのに時間がかかったりしている。ああ、ちょっと顔を出してやり方を教えてあげたい——。が、多少のジレンマを抱えつつもデバガメは決して表に登場することなく、そのぼちぼちとしたコミュニケーションを見守っている。
覗き見の中で私が発見したこと。それは、親父たちが決して後ろばかりを振り向いていない、ということだ。掲示板の開設当初は、思い出話に花が咲き乱れる場になるだろうと期待していたが、そんな話題は一切登場しない。現在進行形。そう、今もなお現役の同胞関係が続いているのだ。懐かしさではなく、ずっと一緒にいるような感覚。仲間というのは生涯そういう関係なのかもしれない。
そろそろ実家のインターネット回線を光に換えて、大きな写真もパッと表示できるようにしてあげようと思う。せっかくだから、ウェブカメラでも付けて、直接対話できるようにでもしてあげようか。いやいや、そこまですると恥ずかしがるだろう。ほどほど、にできるのもネット活用の良いところだ。その人それぞれのマイペースで。
会えば「もういつ死ぬかわからんぞ」などと何故か偉そうに言う親父だが、あの掲示板の中では、永遠に仲間たちとの未来に向けての会話が続いていくような気がする。そんな場所をつくれたことは、良い親孝行をした、と自分では考えるようにしている。
さて、今日も親父たちのくだらない会話を覗いてみるとするか。そうしてこっそりと、私自身もパワーをもらおう。まだまだたっぷりある、人生に向かう力を。
(完)
(第4回 NTT西日本 コミュニケーション大賞/ボツ)
しかし、一つだけ、ついつい覗いてしまうものがある。覗き歴はかれこれ六年にもなろうか。そろそろ筋金が入ってきた。何を覗いているのか? それは、親父のためにつくった、インターネットの「OB用掲示板」である。
親父は十四歳で就職し、六十歳の定年退職まで一つの会社で勤め上げた。社歴四十六年。四十歳になっても転職を繰り返している息子(私だ)とは大違いである。一社一筋。そんな生き方も当然尊敬に値する。
それ故か、定年後しばらくすると、家でぼーっとテレビを観て過ごす時間が多くなった。いわゆるバーンアウト——燃え尽き症候群てやつだ。飼っていた犬が死んでからは、外に出る機会も減った。このままでは畳の上ではなくテレビの前で往生することにもなりかねない。親父が七十歳の声を聞く前に、私は半ば無理矢理パソコンを実家に持ち込み、同じく会社を定年退職した方々とコミュニケーションするための掲示板を立ち上げた。
同様の状況がどの家庭でも進行していたようだ。親父宛の年賀状にEメールアドレスの記されたものが数通あった。文面には小さくこう書かれている。「息子に勧められてパソコンとやらを始めました」。とりあえずその方たちにメールを送り……と本来ならそういきたいところだが、やはり昭和一桁生まれ。親父は電話を掛けて掲示板のURLを伝えていた。
そんなこんなで三、四人のインターネットコミュニケーションが始まった。お決まりの近況報告から各地の季節の頼り——この辺りは理解できるが、そのうち「ロト6,次の通り買いました。03,22,24,28,36,42デス」などという、ロト6購入報告会の様相を呈し始め、現在もまだ続いている。
気づけばそんな集まりも十数名を超え、半年に一度は「温故知新の会」と銘打たれた同窓会も開かれているようだ。さらには「紅葉バスツアー」や「大阪城(親父の)案内ツアー」「京都寺巡り」などが好き放題に企画され、リアルに顔を合わせる機会も増えている。
「デジカメ買うてんけど、これどうやって掲示板に載せるんや」
いまや七十五歳の親父にいきなりそんなハイテク機器を買わせてしまうほど、この掲示板はアクティブシニア育成に貢献しているようだ。ちなみに掲示板にはコメント機能も付けてあるのだが、それはまったく無視されている。掲示板に貼り込む写真も巨大な解像度のままで、表示されるのに時間がかかったりしている。ああ、ちょっと顔を出してやり方を教えてあげたい——。が、多少のジレンマを抱えつつもデバガメは決して表に登場することなく、そのぼちぼちとしたコミュニケーションを見守っている。
覗き見の中で私が発見したこと。それは、親父たちが決して後ろばかりを振り向いていない、ということだ。掲示板の開設当初は、思い出話に花が咲き乱れる場になるだろうと期待していたが、そんな話題は一切登場しない。現在進行形。そう、今もなお現役の同胞関係が続いているのだ。懐かしさではなく、ずっと一緒にいるような感覚。仲間というのは生涯そういう関係なのかもしれない。
そろそろ実家のインターネット回線を光に換えて、大きな写真もパッと表示できるようにしてあげようと思う。せっかくだから、ウェブカメラでも付けて、直接対話できるようにでもしてあげようか。いやいや、そこまですると恥ずかしがるだろう。ほどほど、にできるのもネット活用の良いところだ。その人それぞれのマイペースで。
会えば「もういつ死ぬかわからんぞ」などと何故か偉そうに言う親父だが、あの掲示板の中では、永遠に仲間たちとの未来に向けての会話が続いていくような気がする。そんな場所をつくれたことは、良い親孝行をした、と自分では考えるようにしている。
さて、今日も親父たちのくだらない会話を覗いてみるとするか。そうしてこっそりと、私自身もパワーをもらおう。まだまだたっぷりある、人生に向かう力を。
(完)
(第4回 NTT西日本 コミュニケーション大賞/ボツ)
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